看護師全般

【実体験】憧れの看護師像はありますか?

憧れの看護師像はありますか?


看護師になる人はみんな、小さなころにお世話になった看護師さんに憧れたり
家族のお世話をしてくれた看護師さんを見て、あんな風になりたいと思ったり
何かしらの憧れを抱いて看護師になるものだと思っていました。


しかし私が看護師を目指した理由は
「自立できる資格だから」
ただそれだけでした。

別に看護師になりたかったわけではなく
あの時の自分には、自立できて自分にも取得できる資格として
看護師しか思いつかなかったのです。


理由はなんだっていいと思っていました。
看護師になってしまえば、みんな同じだと思って
とにかくタスクをこなすように坦々と学生生活を送っていました。

周囲と自分のギャップに気付く


しかし周りは私とは違いました。
同年代も年上の人も、みんな看護師に強い憧れを持ち入学してきた人ばかり。
実習では患者さんのことについて本気で悩んで涙したり
実習後も図書館で必死に患者さんにできることがないか調べたりして
とにかく一生懸命頑張っている姿が印象的でした。

しかし私はというと
実習が終わったら看護のことはシャットアウト。
家に帰ってまで看護のことを考えたくないし、なんとなくそれっぽいことを書いておけば
レポートだってなんとかなるだろう。なんて思っていました。
とにかくすべては嫌々。資格をとるためだけに学校に通う毎日でした。

しかし学生最後の実習で、私はある患者さんを受け持つことになり
そこで起こった出来事が私にとって忘れられないものとなりました。

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実習最後の受け持ち患者さん。


「あなたが佐藤ちゃん!これからよろしくね!」


私に明るく声をかけてくれたのは、優しい笑顔の50代の女性。
今まであまり会話ができない状態の患者さんを受け持つことが続いていたので
見るからに元気そうで、ADLも自立した患者さんを見るのはなんだか不思議な感覚でした。

 

とっても明るくておちゃめな患者さんは、
「暇だからどんどん病室に遊びに来てよ!」と言い、
私が来るのをとても楽しみにしてくれていました。
私もそんな風に思ってもらえることが嬉しくて、
ただ話をするために病室に行くようになっていました。


しかし実習としては、何もすることがない。
患者さんが自分でできないことはないし、私はいつも検査についていくだけ。
検査後の安静時に、少し体を拭いたくらいでした。

「看護らしいことなんて、何もしてないな」

そう思いながら、レポートにはなんて書こうか・・・と頭を悩ませました。

実習のテーマは”ターミナル”


その患者さんは、見るからに元気でした。
ADLも自立し、何の問題もないように感じられました。
しかし実際は、癌が全身に転移している状態でした。
そして私が受け持った時にはもう 何も治療ができない状態となっていました。

 

そして実習期間を1週間程残し、その患者さんは転院することが決まりました。
今の病院からは遠く離れた、患者さんの地元の病院です。
私は気づいていました。・・・たぶん、もう。

 

そして転院の日、患者さんを見送りについていくと
いつもの笑顔で私にかけ寄り

「佐藤ちゃん!国家試験、頑張ってね」

と言い、私の手に手紙を握らせ 病院を出ていきました。

 

患者さんからお手紙をもらうのは初めてで、
とても嬉しかったのを覚えています。
実習生にあんなに優しく接してくれて、いい患者さんだな。
・・・その時までは、そんな風に感じていました。

手紙の中身


もらった手紙は実習が終わってから開けました。

佐藤ちゃんへ

この病気にならなかったら、佐藤ちゃんには会えなかったね。
私は次の病院でも頑張ります。
だから佐藤ちゃんも、国家試験頑張ってね。
貧血で倒れちゃだめだよ。

佐藤ちゃんと楽しく話した時間は、私の宝物です。

 


病気にならなかったら、私には会えなかった

 

そんな風に思えるようになるまで、一体どれだけの辛い思いをしてきたんだろう。
まだまだ若くて、やりたいこともたくさんあるはずなのに
こんな病気さえなければ、って何度も悔やんだはずなのに
実習生の私にこんなにも温かい言葉をくれるなんて。

私はこのときはじめて、看護師になることに意味を見出しました。

働き出すと、そこはまた別の世界。

 

看護師になる意味をひとかけら持ち、いざ働き出すと
そこは忙しくて、辛い毎日。
業務を時間内に終わらせることに必死になると
だんだんと「看護っていうのは仕事であって、やりたいことではないし生きがいでもない」という考えが強くなり
仕事だから笑顔にならなきゃ、優しくしなきゃ」と思うように。

 

思い描いた”看護師”と実際の自分とは大きなギャップがあり
はじめはとても落ち込んだのを覚えています。

佐藤ちゃん
佐藤ちゃん
私、看護師って呼べるのかな・・・

 

・・・でも、私はそれでもいいと思います。
いや、今だからこそそう思うことができます。
もちろんそこに気持ちが伴っていれば言うことはないですが、
看護師としてある程度余裕が出るまでは難しいこともあります。
その時期は人によって違っていて、すぐに余裕が出てくる人もいれば
ずっとその余裕を持てずにいる人だっているはずです。

 

そもそも、仕事ってそういうことがよくあるものだと思います。
好きで好きで仕方ないことを仕事にできている人って、それほど多くないはず。
好きではなくても、嫌いではないこと・・・くらいならもう少しいるかもしれません。

「じゃあ看護師なんて辞めて、好きなことをしたらいいじゃないか」

と言う人もいるかもしれませんが、それは理想論であって・・・
その思いだけでどうにかできる状況ではない人もいます。

 

しかし医者や看護師等の医療職に対して、

”昔から看護師に憧れて、心から患者を救いたい、助けたいと思っている 高い志を抱いた人が就く仕事”

だと思っている人、意外に多いんです。
だから患者さんには「看護師さんとして働いて、本当に偉いね」という言葉をかけられることが何度もありました。

ただ働いているだけなのに、偉いとか偉くないって 一体何なんだろう…と思っていました。
そういう人たちを気にしてしまうことで、自分なんかが看護師であることに罪悪感を覚えるのです。
そして熱意のある看護師を目の当たりにすると、自分みたいな看護師はダメなんじゃないか、って思ってしまうんです。

 

しかし他の仕事がそうであるように、看護師の中には看護師が好きな人とそうでない人がいます。
好きではなくても、生活のために働かざるを得ない人がいます。
私は仕事として、看護師を精一杯やっていますが
その笑顔も優しさも、ボランティアではありません。
そこに高い志がないから、と自分を責めたり、落ち込んだりすることはないと思うのです。

そういう思いで働いている人が
少しでも自分に合った職場で、自分に合った働き方ができるように
新しい道を見つけるためのキッカケになるように
私の経験を交えてブログに書き綴っていけたらと思っています。

 

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